と、かなり行ったところで、背後から、ワトムの猫撫で声が上がった。

「なあ。何か俺に、して欲しいことはないか? この世で俺に出来ないことは、何もないぞ」

 タキオは足を止め、振り返った。
 ひどい有様が、そこにあった。

 赤く染まったプールサイドに、デッキチェアはひっくり返り、黒服たちは倒れ、ブーゲンビリアのピンクの 花と濃い緑のシダ、ガラスの破片が散乱している。遠目に見るとひ弱この上ない老人が、背を丸くして四つん這いになり、薄ら笑いを浮かべて こちらを見ている。

 麗らかな陽の光の中で、首長竜だけが何事もなかったかのように、プールの水を飲もうと首を垂れていた。

 何もねえよ、とタキオは口を開きかけ、考え込んだ。そして、ゆっくりと告げた。

「いつか、お前の力を借りることになるかもしれないな」

 我が意を得たり、とばかりの表情で、ワトムはにんまり笑った。タキオはその笑顔から目を背けると、さっさと歩き出した。 すると、オズマが小走りに追いかけてきて、低い声で言った。

「近くの町まで送ってやるよ」

 タキオは何も言わなかった。もはや彼の頭の中には、一刻も早くロミを連れ、この場を離れることしか頭になかった。

 首長竜と犯罪界の帝王をその場に残し、三人は、ガラスの宮殿を後にした。

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