ザネリが動けなくなったと見て取るや、そのままグレオは、銃口をユタの背中へ向けた。

 ユタは、イオキに腕を伸ばせば届くところまで近づいていたものの、燃え盛る炎を前にそれ以上どうすることも出来ず、呆然と立っていた。 その肩と背中を、グレオは正確に撃ち抜いた。ユタは半月刀を取り落とし、崩れ落ちた。が、地に伏せることはせず、 般若の形相でこちらを振り向くと、傷を庇いながら逃げ出した。

 グレオは追わず、その場にしゃがんで、今なお血が溢れ続けている、ヒヨの傷口の止血にかかった。
 代わりにイオキの元に駆けつけたトマが、コートを脱いで火を消そうとした。しかし、すぐに無駄と分かると、彼もまた手を止めて、 立ち尽くすしかなかった。

『もう、放っといて』

 と、轟々と燃える炎の奥で、微かに声が聞こえた気がした。

 赤い群集の海を預言者のように割りながら、炎の柱と化したイオキは、同じように炎の塊と化した社の裏手へ進んでいった。
 社の敷地は、銀杏の大木の少し先で終わっている。火の手が、その銀杏の枝先にまで迫っている。その先は、 遥かシナイ山の麓を見下ろす、険しい崖だ。 イオキがどこに向かっているか気がついた人々は、逃げるのを止め、息を飲んで彼の行方を見守った。

 そして、イオキが崖の縁に立ったのと同時に、 群れの中から、子供の声がした。

『お前なんか、死んじまえ!』

 その声に答えるように、イオキは、飛び降りた。

 真っ赤な炎に包まれた体は、七色に輝く岩肌に何度か打ちつけられ、あっという間に小さくなって、深い深い暗い底へ消えた。


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