家の中へ入ると、奥の部屋に通され、手伝いらしい老人が栗羊羹を運んできてくれた。大人たちは早速火鉢で体を暖めながら、 綿密な飛行プランについて話し合い始めた。
 最初の内はロミも難しい顔で話を聞いていたが、やがてさっぱり話に集中出来なくなり――  地図を見て、この上空を飛ぶのだ、と考えるだけで、腹の底がむずむずした――  部屋を出た。

 床や壁が漆のように光る古い木造の家は、冷えていたが、ゆったりと香っていた。木の感触を楽しむように歩いていったロミは、 土間を見つけて立ち止まった。

 廊下と土間を隔てるガラス戸を引くと、油絵の具の独特の香りが、うっすら漂ってきた。コンクリートで固めた背の高い空間に、沢山のディーゼルが並んでいる。開けっ放しの引き戸や梁の間から差し込んでくる陽光が、 ディーゼルに掛けられた油彩画を照らしている。

 靴下のまま土間に下り、ロミが絵をしげしげ眺めていると、後ろから声がした。

「絵は好きですか?」

 家の主である画家が、油絵の具で汚れたエプロンを着け、外から入ってくるところだった。ロミは少し躊躇ってから、遠慮がちに頷いた。 若い画家は微笑むと、ロミの隣にやってきた。

「これはシナイ山の絵です。ほら、今僕が入ってきたところから、見えるでしょう?」

 ロミは画家の指した方を見た。引き戸が開けっ放しになっていて、暗い空間をそこだけ四角く、青く切り取ったようになっている。 青空を背景に遠く聳えるのは、針のように峻険なシナイ山だ。ロミはしばらく山を眺めてから、絵の方に視線を戻した。

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