ミトは遺跡から目を離し、コジマを見下ろした。

「この遺跡が沈むにはまだ何百年という時間がかかるだろうが、君と僕がこうして過ごす日は、今日しかない」

 コジマは笑わなかった。指先が冷えているような、微かに苦い毒を呷ったような表情で、黙っていた。

 しかしやがてゆっくりと彼女は歩き出し、九歩ほど前に進むと、立ち止まった。

「……最後にあなたをここにお連れすることが出来て、良かったです。あなたはこの国の醜い場所ばかり、目にしてこられましたから」

 真っ青な空と赤い砂に二分された景色の真ん中で、コジマの背中は、まるで絵画の中央に画かれた黒い点のようだった。
 その背中に、ミトは尋ねた。

「ムジカとも、ここに来た?」

 長い沈黙があった。

「はい。あの方の物見遊山には、よくお供いたしました。国内外の沢山の美術館や博物館を、あの方と回りました。 モザイクに覆われた街を歩いたこともあります。砂漠に降る雪を見たこともあります」


 不意に、永遠の停止が綻んだ。

 遺跡の内側に生えた木々が揺れ、黒い小鳥の群れが鳴きながら、いっせいに飛び立った。

 その光景を、ミトは黙って眺めていたが、やがて尋ねた。

「コジマ。君はもしかしたら、ムジカを愛していたのでは?」

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