男の言う通りだ、とレインは思った。
 現に、いつの間にか迷い込んでしまったこの原生林には、食べられる物がほとんど無く、 レインは飢え死にしかかっている。死ぬのは嫌だ。しかし、森を抜けようとしても、一人では同じ場所をぐるぐる回るばかりだ。

 レインが頷くのを見ると、男はポケットからチョコレートを出して、レインにくれた。銀紙を破き、レインは夢中で食べた。 こんな甘い物を食べるのは久しぶりで、胃も舌も溶けそうだった。

 呑むようにチョコを食べ終えると、この男は何者だろう、と考える間もなく、男は先に立って歩き出した。

 銀色の霧が立ち込める原生林は、硬く湿り、骨が透明になるような冷気に満ちていた。霧の中で、どれもこれも樹齢百年はありそうな 木々は、黒いお化けのように見えた。どこかで鳴いた鳥の声が、ホウホウと反響する。薄日が、高い葉の間から、ぼんやりと差している。

 地面から浮き出た大樹の根が複雑に絡まり合い、またその上を苔が覆った歩き難い道を、男はどんどん進んでいった。 レインは遅れないようについていくのに精一杯で、段差を上る時などは、前脚も使った。冷たい足裏で、半分腐った落ち葉が滑った。 男は時々立ち止まり、 コンパスで方角を確かめた。そうして二人は無言のまま、三十分ほど歩いた。

 唐突に、男が立ち止まった。

「出た」

 男の背中にぶつかりそうになったレインは、急いで体を横にずらし、男の目の前にある景色を見た。

 巨大な野っ原だった。どの方向を向いていても木々に遮られた原生林の風景は、まるで一拭きされたように消え、荒涼とした、 雑草まばらなむき出しの大地が広がっていた。

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