チョコレートが食べたい。

 二人の会話をぼんやり聞きながら、レインは切実にそう願った。 いくら毛布をしっかり体に巻きつけても、体はバネが入ったように震え、靴を履いていない足は骨を切るように痛む。

 大人たちの会話が、まるで分からないわけではなかった。
 しかし、『人間農場』の『家畜』と言う単語を耳にしたところで、何の感情も湧かない。 ここでも、自分のことが嫌な話題として上がっている、それだけのことではないか。 普段ならまだ多少居心地の悪さを覚えるところだが、この寒さではそれどころではない。

 何故この大人たちは、こんな雪の降る静かな森の中、あんな怖い顔をして、立ち続けているのだろう。まるで、捨てられた人形のように。

 すると、レインの願いが通じたように、男が動き出した。

「こんなところでぐずぐずしている暇はない。行くぞ」

迷いのない、確信に満ちた足取りで、男は大股に歩いていく。

「『東方三賢人』が、待っている」

 何か言おうとして無視された妹は、憤懣やる方ない表情で兄の後姿を睨みつけていたが、やがてきつく結んだ唇の間から、息を吐いた。
 そしてレインを見下ろすと、長い腕を差し出してきた。その右手、手袋とコートの裾の隙間に、使骸が冷たく光っているのを、レインは見た。

 レインは黙って首を振り、男の後を追って歩き出した。

 ごろごろと不気味な唸り声が聞こえ、小雪ちらつく分厚い雲の向こう側に、雷光が走った。遥か遠く異国の空に、それは龍が翔けているようだった。

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