嫌だ、ご近所に噂されちゃう、と笑ってタキオを離したルツは、 今度はロミを抱き締める。ロミも抱き締め返した。記憶にある母親の香りとはまた違う、優しい洗剤と土の香りに、 包まれる。

 ロミを離し、「少し背が伸びたわね」と嬉しそうに眺めると、最後にルツは、ロミの後ろに立っている人物に目をやった。

「で、あなたは誰かしら?」

 ロミは急いで、背後に隠れるように立つ、自分より僅かに背の高い相手を振り返った。

「この子はね、イオキ。エイゴンで会ったんだよ」

 古ぼけたセーターにジーパンを履き、痩せて皮と骨ばかりになった四肢で、イオキは辛うじて、地に立っていた。 しかしその危ういバランスも、尖った顎も、顔色の悪さも、彼の美貌を損ないはしない。むしろ、今にも散りそうな花の如き儚さと美しさが、 増すばかりだ。

 彼がおずおずと目を上げると、長い睫毛に、冬の日差しが、川の照り返しかダイヤモンドダストのように、透ける。
 深さに底がないように見える緑色の瞳を上目遣いにして、イオキは、ルツの菫色の瞳を見つめた。

 ルツが彼女らしくもなく、息を呑む気配が感じられた。

「積もる話は山とあるが、こちらとら長旅でね」

 さり気なくタキオが、割って入った。

「とりあえず甘い紅茶か何か振舞ってくれると、有難いんだが」

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