『人間のことはよく分からないけど、私たちのこれは、ただの生殖行動よ。 あなたがそれを良いと感じるのは、本能に生殖行動を促されているだけよ』

 ミトの方を見ないまま、女王は何か探しているように、緩慢に唇を動かした。

『あなたは変わっている。私が交わってきた子供たちの中で、そんなことを言う子は、一人もいなかった』

 ミトは黙って、彼女の髪を指で梳いた。

 彼女の言う通り、この気持ちは所詮、子孫を残す為の本能の疑似餌なのかも知れない.しかし今、女王は受胎し、 ミトの役目は終わった。彼女が出産し、再び足を開くのは、少なくとも五年は先だ。

 それでも、この気持ちはこうして膨らみ続けるものなのだろうか。この体を、内側から壊死させんばかりに。

 彼女の体を、数え切れぬほどの同胞が抱いてきた。この先も、延々とそれは続いていく。 彼女にとって、己はその中の一人にしか過ぎない。

 ミトは抱擁を解くと、そっと彼女の体を仰向けに横たえた。真上から見つめ、絡めていた指を解くと、衣服を取ろうと後ろを向いた。

『駄目よ』

 と、その背中に、麝香のような香りが押しつけられた。驚いて振り向いたミトの体は、 そのまま彼女の体の上に、引き倒された。長い髪が、腕に、足に、絡みついた。

 一瞬、喰われるのか、と思ったが、そうではなかった。

『行かないで』

 血と唾液に濡れた小さな唇が、唇に重なる。

 ミトは目を閉じる。小さな舌が柔らかく咥内へ入ってくる。舌の先から、体が溶けていく。
 何処か遠くで、海の音が聞こえる。彼の海ではない。 彼がやってきた海、いつか還っていく海だ。そしてまた溢れ出す暖かな深海に、彼は溺れていく。

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