女王は表情を変えず、ミトを見つめたまま、長いこと黙っていた。

『……それは同族殺しよ』

 ようやく、彼女は口を開いた。

『その男を喰うのが私でも、殺すのはあなたよ。同族殺しは、私たちに定められた唯一の罪。犯した者は、 罰を受けることになるわ』

『分かっている』

 ミトはそっと彼女を抱き寄せると、指で長い髪を除け、薄紅色の頬に触れた。

『我らが女王。母にして花嫁。君の為なら、甘んじて受けよう』

 僅かに開いた唇から、微かに風のような息が吹いた。

 その瞳は宵闇の如き紫で、潤んでいたが、何を考えているのか、何を映しているのか、 ほとんど分からなかった。
 無限と言う名の洞窟の中でたった一人、塵のように現れては消えていく生き物たちを、岩や水や星と共に見つめ、 一本の糸を紡ぎ続けてきた女――
 真の意味で彼女の同胞は、恐らく、この世に一頭もいなかった。


 その後、彼の代わりに女王の餌となったのは、当時のアンブル領主だった。 彼はムジカに負けず劣らず残虐で、政治的に無能な領主だった。ミトが彼を指名し、女王が彼を召喚した。 女王の召喚に逆らえる筈もなく、彼は彼自身の子孫を残すことすら出来ずに、無為な死を遂げた。
 女王の飢えが鎮まったのを見届けたミトは下界へ戻り、すっかり荒廃していたアンブルの代理領主に着任した。 国土と国民の生活基盤を回復させ、七年後、十二歳になったコンを正式な領主として就任させた。

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