これが、コンの出生にまつわる物語。そして、イオキの出生にまつわる物語だ。
 しかしミトは、この物語をコンに語るつもりはない。他の誰にも。
 全ては今も深い海の底で、穏やかに眠っている。



 部下に送らせると言うコンの申し出を丁寧に断り、彼の住居を後にしたミトは、吹雪の中でただ一人、天を仰いだ。

 火の焚かれていた屋内から外へ出ると、たちまち頬が凍りついた。 ワルハラでは滅多に経験出来ないような吹雪で、グールの視力を以ってしても、視界は数メートルもなかった。全ては風雪で薙がれ、 天も地もない、前も後ろもない、己が目を開けているのか閉じているのかさえ分からなくなるような、純白の世界だ。

 モギとヒューゴが待っているかとも思ったが、幸い、二人の姿はなかった。
 代わりに、雪よりも美しい銀色の影が、彼を待っていた。

「待たせたね」

 そう声をかけると、影は僅かに頭を下げた。優雅な黒鳥のように。銀色の髪が風雪に舞い、真紅の瞳がまっすぐにこちらを見つめる。 完璧な曲線を描く肢体を、子羊の皮を鞣したベージュのコートと、モノクロのメイド服に包んでいる。

 キリエは、お疲れ様でした、とも、如何でしたか、とも言わなかった。氷の彫刻を思わせる美しい顔には、 使用人としての心得である以上に、彼女の性質として、他人の私用への興味などまるで無い。ただ、忠実な天使のように、 次の指示を待っている。

 ミトは彼女の元に行きかけ、後ろを振り返った。

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