僅か一分にも満たない運動であったにも関わらず、早くも脂汗が玉のように額に浮かんでいる。

 テクラはトイレットペーパーで額の汗を拭うと、寒気がする体を動かし、入院着を脱いだ。 そして紙袋からTシャツ、パンツ、黒の革ジャンパーを取り出し、着た。鋲付きのブーツも履いた。 長い入院生活ですっかり油っぽくなった髪を撫でつけ、虹色のピンで留めた。

 かつての仕事着に着替えると、心なしか身が引き締まり、清々しい気持ちがした。腹部の痛みを堪えながら軽くストレッチすると、 いつの間にか寒気が消えている。動ける、と言う喜びと気力が、岩から清水が染み出すように湧き出で、体の末端を温めていくのを感じる。

 テクラは個室から出ると、紙袋を屑入れに捨て、鏡で己の顔を見た。照明のせいか青白く痩せて見えるが、頬は赤い。

 よし、行こう。

 無人のトイレの中で、テクラは向きを変え、弾みをつけると、奥の壁へ、助走した。

 目指すは、奥の壁、手を上げなければ届かない位置にある、換気用の小さな窓だ。
 壁の手前で跳躍し、軽やかに、細い窓枠に足をかける。 バランスを失って体が後ろへ倒れる前に、鍵を開け、閉まっていた窓を開ける。体を小さく丸め、子供一人がようやく通り抜けられる程の窓から、 飛び降りる。

 一瞬、視界が、青い空と街並みに、染まった。

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