しかし次の瞬間には、六階の高さから、日陰になった裏通りへ、落下していった。

 テクラは器用に空中で一回転すると、二つ下の階の、ベランダの手摺に着地した。すぐに足をずらし、再び落下する。 同じ要領で、二度、ベランダの手摺を足がかりにし、あっという間に、人通りの無い裏通りへ着地した。

 テクラはすぐさま、大きなゴミ箱の陰に身を隠した。
 腹部を見下ろすと、早くも縫合部から出血し、シャツに血が滲んでいる。
 本来の自分なら、六階から直接地上に着地することも、容易いのだが。 テクラは、久方ぶりの跳躍と興奮で上がってしまった息を整えながら、ジャンパーの前をしっかり閉めた。そして、 ゴミ箱の陰から出ると、日の当たる表通りに向かい、駆けた。

 表通りに出た途端、暖かな陽光と、雑踏交じりの空気とが、彼を包んだ。

 テクラは思わず、笑った。
 そのまま、病院とは反対方向に角を曲がり、走っていく。

 ワルハラ国内でも有数の規模を誇る、クレーターの中の街。空を隔てるドームと、七本の巨大なオーツに守られた、市井の人々。 空中に架かるレールの下で蠢く、犯罪者ども。

 本当に?

 本当に、あのアンダー・トレインで生まれ育った自分に、そんな価値があるのか? ザネリと共に人身売買に手を染めた身の上で、 子供の一人も救えず、仲間をバラバラにし、挙句、一年以上も無為にベッドの上で過ごすことになった。 そんな自分に、再び仲間の笑顔の元へ戻りたいと、願うことを許される価値が?

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