テクラは頬を赤くして走っていたが、本当はもう、息をするのも、苦しかった。一呼吸ごと、腹部の傷から鮮血が滴り落ちるようだった。

 その血を押し留めようとするように、テクラは腕を振り、足を動かし続けた。
 道端に出た花屋の屋台から、水仙の香りが漂ってきていた。道の両脇に並ぶ店は扉の上に、新年の挨拶を貼っていた。中央駅から空中高架へ、 列車が走り出すのが見えた。人々は暖かな格好をし、のんびりと歩いていた。

 ここからイオキ捜索の任務は始まった。ザネリと再会したのも、この街だった。そして、そう、キリエと出会ったのも――


 と、駆けるテクラの視界の隅を、何かが横切った。

 振り向いて確認せずとも、間違いなかった。銀色の髪に真っ赤な瞳。メイド服に身を包み、白いストッキングの足で、颯爽と信号機の下を歩く――


 しかしテクラは、立ち止まらなかった。心臓をわし掴みにした甘い腕は、あっという間に砕け散り、風と共に後ろへ流れていく。 衣服の至る場所に隠したナイフが、彼の代わりに、叫ぶ。もう二度と戻れないのだ。二度と。この腕で、このナイフで、再び居場所を切り開かない限り。

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