「――ノキヤちゃん」

 ミアンは顔を上げた。レインの漆黒の瞳と、目が合う。


 そんなことない。ノキヤちゃんは、この塔の何処かにいる。だって、私は見たんだもの。


「ノキヤちゃんと、一緒に、帰らなきゃ」

 そう呟いて、ネジを巻いた人形のように、ミアンは動き出した。
 無線機を拾って懐に入れ、血の出ている膝で立ち上がる。

 レインはそんな彼女の様子を黙って眺めていたが、彼女に「どっちに行ったら良いと思う?」と尋ねられると、 周囲を見回した。そして、確信しているような、心許無いような指先で、通路の奥を差した。

 二人はレインの提示した方向に、進み始めた。

 途中、光の漏れている箇所を見つけると、ミアンは必ず立ち止まり、 そこから向こうを覗いた。穴の向こうにあるのは空の部屋、ないし秘密警察官が走る廊下ばかりだったが、 その度に「きっと次は」と己に言い聞かせ、先へ進んだ。何度も大きな揺れがあり、秘密警察官たちの怒号があり、 膝の傷口は深く抉れていったが、全て気づかないフリをした。

 やがてミアンは、立ち止まった。心臓が、大きく音を立てて鳴っていた。

「ノキヤちゃん……?」

 これで何個目の部屋になるだろう。
 光漏れる穴から見下ろした部屋の中に、血だらけの衣服の残骸を纏った人物が、いる。

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