天井から長い鎖で吊るされているその人物は、ミアンからは、非常に見難い角度にいた。ミアンは頬に汚れがつくのも構わず、 通風孔に這い蹲り、相手の顔を見ようとした。その間レインは何も言わず、彼女が無理に首を捻る様子を眺めていたが、 急に彼女が身を起こすと、驚いたように身を引いた。

「この部屋に、入ろう」

 ミアンはきっぱりと言った。そして、穴を塞いでいる格子に指をかけると、掌が悲鳴を上げるのにも構わず、 思い切り握った。一拍遅れ、レインも加わる。 二人は全力で格子を引っ張った。 格子を留めるネジは固かったが、何回か息を合わせたところでとうとう外れ、二人は揃って後ろへひっくり返った。

 二人の血で濡れた格子は、派手な音を立てて通風孔に転がる。ミアンは急いで体を起こすと、部屋を見下ろした。秘密警察官がいて、 今の音を聞きつけてやしないだろうか。そう思ったが、部屋に動く人影はない。
 ミアンは唾を呑むと、意を決し、後ろ向きに穴から足を下ろした。

「手、掴んでて」

レインに両手を掴ませ、穴からぶら下がる。二、三秒ぶら下がった後、下に落ちた。

 部屋は思ったより広かった。ガラスの破片や注射器、ストレッチャーなどが、辺りに散乱していた。白いタイルの床には、 血痕が飛び散っている。

 しかしそれらをほんとんど見もせず、ミアンは天井から吊るされた人物の元に、駆け寄った。

 爪先をぎりぎり床につけ、細い一本のナイフのように吊るされたその人物には、左腕しかない。 ノキヤほど若くはないし、そもそも男性ですらない。

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