デッキに飛び込むのが最も簡単な方法だったが、流石にあの狭い空間で、標的と鉢合わせることは避けたかった。 そこで縄を使い、少し前の車両の上に、飛び乗った。車両の出っ張りに縄を引っ掛けることは容易かったが、 そこから体を引き揚げるのに、ほんの僅か、手間取ってしまった。

 振動する車両の上にしゃがみ、やれやれ、と自嘲した。年齢のせいだ。先の戦いで負った傷が完全に癒えていないせいもあるが、 それ以上に、加齢による身体能力の衰えを、感じる。

 一息吐くと、縄を懐にしまい、車体の外に頭を下げた。側面の窓から中を覗き込み、ガラスを叩いた。 窓際の席で読書していた男が、驚いた顔でこちらを見る。しかし指で指し示すと、驚きながらも窓を開けてくれた。

「やあ、どうも」

 身軽に車内へ飛び降りるのと同時に、車内アナウンスが聞こえた。

『危険な乗車は、運行に支障を来たしますので、お止めください』

 彼は、思わず狐のような目をにやりとさせ、男と目を合わせた。男は肩をすくめると、読書へ戻った。

 車内は思ったより、混んでいた。様々な年代の男女で、半分以上の座席が埋まっている。ほとんどがスカーフを巻いた地元民で、 彼のように、スーツにステンカラーコート姿の者は、見当たらない。

 ザネリは気にせず、ガタガタ揺れる車両の中を、前方に注意を払いながら、ゆっくりと最後尾へ向かって歩き始めた。

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