全てがまるで、舞台の上のように、静かだ。

 ザネリはコートのポケットの中で、汗で滑るトレンチナイフを、握り締めた。

 個室の掛け金が横に動くのと同時に、仕切りの内側から、足を踏み出す。豹のように、音も立てず。

 しかしその手が、個室から出てくるイオキの首へ伸びる寸前、一本の投擲ナイフが、全ての邪魔をした。 恐るべき正確さで個室の鍵に突き刺さり、掛け金がそれ以上動かぬよう、固定してしまったのだ。

 「あれ?」とイオキの呟きが、内側から聞こえる。

 ザネリの目が、見開かれる。

 一瞬、動きが止まったその首を、もう一本の投擲ナイフがかすめる。寸でのところでかわすが、不意をつかれ、体勢が崩れてしまう。 そこへ、間髪入れず、細い縄が飛んでくる。縄の先に作られた輪が、ザネリの体を捕らえ、締め上げる。


 テクラだ。

 勿論、決まっている。こんな芸当が出来る人間は、数える程しかいない。


 振り向いたザネリの瞳に映ったのは、車掌の制服を着、開いた窓から飛び出そうとしている、かつての弟子だった。

 げっそりとやつれ、顔は土気色だったが、それでもその瞳は、変わらぬ強い意志を秘めていた。 その手は万力で、ザネリに巻きついた縄を握り、その足は固い決意を以って、列車の外に飛び出そうとしていた。

 テクラが飛んだ。
 声を上げる間もなく、彼に引き摺られるようにして、ザネリもまた、窓の外へと姿を消した。

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