穏やかな原始生物を連想させる動きで、光と影が揺らぐ。波が、彼の顔に透いた模様を作る。彼の瞳と、同じ蒼色。 太陽の光も届かぬ深い底で、闇と同化した蒼が、別の光源に照らされて透明になり、周囲の光景を神秘的な揺らぎに包んでいる。

 手を伸ばせば届く距離に、奇々怪々な生物が泳ぐのを見ながら、彼は歩む。美しい青い衣裳の裾を、翻しながら。 まるで死んだ後の世界のように、暑さも寒さもない。 辺りは、完全な静寂に満ちている。唯一響いていた彼の靴音すらも、次第に消えていく。 水中植物のように床に広がった、長い長い桃色の髪の毛が、彼の気配を呑み込んでいく。

 やがて彼は、溢れる髪の毛の、中心に辿り着いた。厚く重なった髪の河をかき分けるようにして、しゃがんだ。

「お久しぶりです。我らが女王」

 囁くと、髪の毛の中心にいる女が、たった今眠りから醒めたばかりのように目蓋を開けた。深海魚たちと共に時を止めたような、 仄暗い紫の瞳が、こちらを見る。一糸纏わぬ裸を、寝起きの子供のようにくねらせると、 それきり無言でこちらを見つめている。

「怒っているの?」

 と、彼が尋ねると、僅かに顎を上げる。

 ミトは深く頭を下げた。

「申し訳ありません。来るのが、遅れてしまって」

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