前代未聞の出来事に対し、仲間の人喰鬼たちの恐慌は、凄まじかった。

『自分が何をしているのか、分かっているのか? 同族殺しは最大の禁忌。何百年も破られなかったそれを、お前は破ったのだ』

 彼らはそう言って、彼を殺すべきか相談した。ある者は怒りに震え、ある者は信じられないように首を振り、 ある者は恐ろしい化け物に怯える目で。

 ミトは申し開きをしなかった。ただ、加速度的に城壁を厚くしていく王国の真ん中に、静かに鎮座していた。 何人かのグールは城壁に爪を立てたものの、その強固さと分厚さに驚き、引き下がるしかなかった。

 長いこと仲間たちが話し合い、最終的に彼を殺さないと決めたときには、誰もミトに手出し出来なくなっていた。
 自分たちの力不足を隠すように、グールたちは理由を幾つか挙げた。一つには、全ての凶行は人間に洗脳された故であり、 同情の余地があるということ。そしてもう一つは、彼が、決して己が種の根絶を願っているわけではない、と話したこと。

『僕の頭の中には、常に人間の声が鳴り響いている。人間の為に生きろ、人間にとって良き王であれ、と。それは決して、 逆らえないものじゃない。人間たちが言うところの、良心のようなものだ。逆らおうと思えば、逆らえる。しかし逆らえば、 常に罪の意識に苛まれることになる』

 十歳年下で、その頃まさに地上に降りた天使の如く可愛らしかった妹に、ある日彼は語った。

『その強さは、人喰鬼としての本能と、ほぼ同等だ。だから僕は、二匹の大きな獣に支配されている。人喰鬼としての本能と、 人間としての良心と。そのどちらにも呑み込まれたくないし、そのどちらにも誠心を捧げたい』

--------------------------------------------------
[1335]



/ / top
inserted by FC2 system