髪にリボンを結び、レースの靴下を履いたモギは、ミトの膝の上から、潤んだ紫の瞳で彼を見上げた。

『何故? 洗脳の声を無視して、私たちと同じように生きることも出来るんでしょう? どうしてそうしてくれないの?』

 領主に就任して数年しか経っていないにも関わらず、すでに、その美しい容姿の奥に老成と老獪のようなものを秘めたミトは、 穏やかな手で、モギの頭を撫でた。

『そうだね。グールにもなれず、人間にもなれず、こんな中途半端は、惨めだ。良心を無視して人間を喰えば、 本能を無視してグールを殺せば、少なくともどちらか一方を幸せに出来るのかも知れない。 僕自身も楽になるのかも知れない。洗脳された直後は、良心が投げかけてくる罪の意識から逃れる為だけに闇雲に行動していたから、 そんなことを考えている暇もなかった。けれど試行錯誤を続けていくうちに、気がついたんだ。そして今は、それが、僕の行動理由になっている』

 言葉を切り、戯言を呟くように、ミトは続けた。


『僕がこうして醜く生きる先に、人喰鬼と人間が共存できる世界が、あるのかも知れない』


 モギは大きく目を見開いた。

『そんなこと、出来るわけないわ』

『そうかも知れないね』

『そんなこと、誰も望んでいないわ』

『そうかも知れないね』

『お兄様だって、本当は、そんな世界が実現するなんて、信じていない! そういう顔をしているわ』

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