女は黙ってこちらを見つめていた。頭の良い教師が、生徒の難しい問いにどう答えようか考えているような、眼差しで。

「ここに、私の生まれた村があったんです」

 と、やがて静かに、女は答えた。
 ロミは、女の顔を凝視した。見知らぬ顔だ。記憶の中の村の住人にはいない。しかし、どこか見覚えがある気もする。
 すると、彼女の疑念を感じ取ったように、女はつけ加えた。

「口減らしも同然の結婚が嫌で、十年前、村を出ました。都会で仕事を見つけ、それ以来帰ってきたことはありません」

 そう言うと、女は目を伏せ、井戸の方を見た。ロミも見た。

 この中でトンネルを掘っていたロミの父親や兄が、引きずり出され、ムジカに喰い殺された。母も殺された。 赤ん坊だった妹も殺された。村人も皆。ロミ自身も足を引き千切られた。

 ムジカが去ったすぐ後、偶然タキオがここを通りかからなければ、彼女も死んでいただろう。彼は、 喰い散らかされた村人の死体の山から、まだ息のある少女を抱き上げ、近くの村へ走ってくれた。一命を取り留めたロミは、 意識が戻ると、彼に背負われ村へ戻った。村人の死体は誰にも葬られることなく、ハゲタカにつつかれていた。 ロミはタキオに頼み、死体を井戸に埋めてもらった。

 その時の光景は、今でも鮮明に覚えている。
 機械の体を太陽に反射させ、黙々と働くタキオ。両足が無いので立つことも出来ず、 ぼんやりと砂の上に座っていた自分。濃い腐臭。全くの、無音。

 何もかも、忘れるわけがない。

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