レインは歩き出した。見慣れぬ道を、臭いだけを頼りに。鏡のような湖の畔を、森の中の小道を、歩いた。
 やがて不意に、見覚えのある場所に気がついた。広い広い牧草地だ。幾ら走っても余る程広いのに、 何十頭という羊の群れは、中央で固く身を寄せ合い、クローバーを食んでいる。

 柵を乗り越え入っていくと、羊たちは一斉にこちらを見た。少し離れたところでレインは立ち止まり、 彼らと見つめ合った。

「おい、何やってんだ!」

 と、懐かしい声が響く。

「ここはうちの牧草地だぞ! 勝手に……!」

 羊たちの向こうで立ち止まり、声の主は、信じられないように、呟いた。

「……レイン?」

 レインは頷いた。相手は、幽霊でも見たような顔で突っ立っていたが、やがて、こちらへ駆け寄ってきた。 相変わらず大きな体だ、とその姿を見てレインは思ったが、近くで向き合うと、自分も相手も、 足の大きさは然程変わらないことに気がついた。去年の夏もそうだったのか、それとも、別たれた後に己が成長したのか。

 藁と馬糞の臭いをさせながら、セムは、動揺を隠すように、首にかけたタオルで、汗ばんだ口元を拭った。

 しばらく、二人は黙って向かい合っていたが、やがて、セムが怒ったような口調で言った。

「お前、何で此処にいるんだよ」

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