セムと共に羊を追いながら、レインは、厩舎に向かって歩いて行った。

 何も変わっていない。玩具のように移動する羊たち、じろりとこちらを睨む牛たち、その足元を気ままに歩き回る鶏たち。 歩き難い砂利道、全体的に傾いだ厩舎、見上げるような農耕車。夕餉の匂いが漂ってくる、茅葺屋根の家。
 セムの母親が、家の畑で穫ったアスパラガスをザルに入れ、台所へ入っていくのが見える。 「先に搾乳始めているぞ!」と、セムの父親が怒鳴るのも聞こえる。

「納屋に場所作ってやるから、待ってろ」

 羊たちを厩舎へ戻すと、セムはそう言った。しかし、レインは首を振った。

 レインはやってきた道を振り返り、牧草地の真ん中にぽつんとある、崩れかけた石の搭を指差した。
 それを見たセムはぐっと口を結んだが、頷いた。

「分かった。鍵は壊れたままだから、勝手に入れ。後で、夕飯を持っていくよ」

 セムが牛小屋に向かうのを見送り、レインは、牧草地の真ん中へ引き返した。

 セムの言った通り、壊れた木の扉は新しい物に代えられているが、鍵はついていない。ガラクタしか入っていないからだろう。 それとも、去年の夏のような騒動を、二度と引き起こさない為か。

 屈むようにして中へ入ったレインは、扉を閉め、三角錐に積み上げられた石の壁を、見上げた。

 仄暗い闇の奥へ、石壁の先は消えていく。 得体の知れぬ闇を抜け、形而下から、形而上の遥か彼方へ、繋がっていく。

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