三十分程したところで、男は少し疲れた様子で、言葉を切った。そして、不意に言った。

「実は今日、あなたと話せるのを、大変楽しみにしていました」

 ニルノはペンを動かす手を止め、相手を見た。

「あなたの書く記事は、読み物としては稚拙ですが、力強さがある。不器用ながら、人に訴えかける熱意が感じられる。 その力が、現に、ワルハラ国民の意識を少しずつ変えつつある。 今日、ここへ来る途中にも、『人間農場反対』のプラカードを掲げている人たちを見ました。最近多いですね。 このまま行けば、いつか民衆が『人間農場』を倒し領主を倒さんと蜂起する日が、来るかも知れない。 多大な犠牲の上に、それは成し遂げられるかも知れない」

 ニルノは黙って、相手を見つめ返すしかない。
 相手は泰然と笑った。そして、思いもよらぬことを言った。

「でも、そうしたら、グールたちはどこへ行けばいいのでしょう?
狼のように野山に隠れ、人を襲うか。はたまた檻に入れられ、人から餌を与えられるか。
彼らはそのどちらも選ばないでしょう。人間もまた、そのどちらを選ぶことも許さず、人喰の化け物をこの世から消そうとするのではないでしょうか」

 男は溜め息をつくと、己の膝に、視線を落とした。

「私のことを、狂っていると思わんで下さい。私は職業柄、領主に直接お目通りする機会が度々あります。あの方が本当に、人間の為に心を砕かれてきたのを知っています。 だから、あの仮面の下に、残酷な人喰の本性が隠されていると分かっていても、あの方が人を喰うからと言う理由だけで殺して良いとは、 如何にも思えんのです」

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