近くに病院はないか。電話を貸してくれそうな建物はないか。誰か助けてくれる人はいないか。

 焦りが口内を干からびさせる間にも、後方から、悲鳴が頻発する。見えない津波のように、迫ってくる。 背後から走ってきた誰かに背中を押され、ルツは膝をついた。「ガスだ!」と叫び声が聞こえた。

 パニックになった人々が逃げ惑う中、ルツはしっかりマリサを抱き直し、立ち上がった。 と、足首に痛みが走った。捻挫だ。無視して走り出したが、しかしすぐに、長くは無理だ、と悟る。 足が熱した鉛のようになる前に、近くのスーパーに駆け込んだ。

「誰か、救急車を呼んでくれませんか!」

 叫んだが、店外に逃げようとする人々に押し流されてしまう。

 どうやら、外の毒気騒ぎが伝播し、「ここにいては危ない」と言う騒ぎになっているようだ。 ルツは痛む足を踏ん張り、人々をかき分け、レジまで行ったが、店員もいない。 それなら、と、散乱している買い物籠やら水のボトルやら蹴り飛ばし、店の裏に通じる扉を押し開けた。 積まれた荷箱の間で狼狽えている作業員を掴まえ、詰め寄った。

「電話を貸して! 救急車を呼んで!」

「そんな場合じゃない! テロリストが、ガス管に爆発物を仕掛けたんだ! もうクレーター・ルームはお終いだ!」

「ガスじゃないわ! 臭いがないもの。外に出たら却って危険よ」

 縋るルツを押しのけ、作業員たちは次々外へ飛び出していく。 「せめて電話の場所を教えてよ!」と怒鳴ると、一人が事務所の方を指した。ルツは急いで事務所に入り、救急車の番号を回した。 しかし、電話はいつまで経っても繋がらなかった。

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