ロミは叫んだ。叫び続けた。部屋の崩落すら呑み込むような声で。けれど、実際には何も止められない。部屋の崩落も、タキオも。

 足の下で、階段が砕ける。後ろへ、引っ張られる。
 虚しく足掻くロミを、タキオは鋼の瞳で見つめる。
 二人の間で亀裂はますます広がり、破片は降り積もり、取り返しのつかない境界を築いていく。

 もうこれ以上は戦う必要もない。静かに両手を垂らし、カメラの画面が暗くなる瞬間を待つタキオの背後で、ナギが呟いた。

「ここまでか」

 「まだよ」と歯ぎしりする姉を、ナギは淡々と諭す。

「もう十分、女王への忠節は果たしたよ」

 そう言うと彼は、大きな腹を抱えて傍らに座る、長い桃色の髪の女を見下ろした。 全ての人喰鬼の母親であり花嫁であり女王である個体は、逃げたくても逃げられぬ、そこで枯れかけている花のように、動かない。

 無感動に崩落を眺める彼女に、ナギは頭を下げた。

「どうぞあの世でも、コン様の忠誠をお忘れなきよう」


 瓦礫の向こうに去っていくアンブル秘密警察をぼんやり見送ると、女王は、タキオの背中へ視線を移した。その向こうにある、カメラへ。

 その血の気の無い唇が、微かに開いた。


「本当に助けに来てくれないの、ミト」

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