手紙を読み終え、顔を上げると、菫色の瞳と目が合った。

「手紙を書いてくれて、ありがとう」

 とルツは言った。

「あなたが何を考えているのか知ることが出来て、嬉しかった」


 これが、俺の考えていたこと。
 ずっと考えていたこと。ずっと言いたかったこと。


 名前をつけてもらいながら、新聞にその名が踊るのを見ながら、夜中の牧場を逃げながら、殺されかけたところを助けられながら。

 ロミに、タキオに、ニルノに、ルツに、そしてイオキに、伝えたかったこと。


 様々な経験をし、辛いことや楽しいことを味わい、人の残酷さと優しさに触れ、少しずつ変わっていく己に、忘れないでいて欲しかったこと。




 笑いも涙も、誰かの物を借りているように心許ない。生きていることの正しさが、実感出来ない。

 そんな虚ろの中で、何もかも呑み込む闇のような不安だけが、唯一つ、自分自身と言える物なのだ、と――




 ――だから、名前をつけてもらう資格など、なかった。新聞に書き立てられても、仕方なかった。 牧場を追われ、当然だった。命を懸けて助けてもらう程の価値ある命でも、なかった。
 そう言いたかったのか。


 折角行かされた命なのに、ずっとそんな風なことを思いながら、生きてきたのか。

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